2018年02月05日

小春学院の児童・生徒の皆さんからの声(5)

こんにちは。

「小春学院の児童・生徒の皆さんからの声」シリーズの5回目です。
出来る限り多くの声を伝えられるように更新を進めています。

では、早速お届けいたしましょう。

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小学5年生の女の子Y.kさんですね。几帳面に線を入れて丁寧に書いてくれました。ありがとう!
彼女は小学4年生から小春学院に通っています。入会前の面談の時はいろいろな不安を抱えていたことを憶えています。
算数が苦手で自分自身に大きな悩みの種になっていて、自信が相当ない様子でしたね。つらかったんだなと思いました。

「学校でぜんたいで学習をするよりも、小春で一つ一つていねいに教えてもらえるのが私にとってさいてきです。」
これもそうだよねの一言で素通りしてしまいそうな話なのですが、ここに彼女の悩みの原因があるのです。
「学校で全体で学習」というはいわゆる集団指導と呼ばれているものです。明治時代以来、日本の教育システムはこの集団指導というのが土台となって構築されてきました。アクティブラーニングにしろ、グローバル教育にしろ日本においては集団指導という土台を変えずに単に方法論を更新しているだけの話で、生徒一人一人を個別にどのように学習指導するのか、そのシステムをどのように構築するのかについては手が入っていない状態です。そうすると、その集団との距離を置きたい、置くことで輝く子どもは全体の中で下位に置かれ、器用な立ち居振る舞いができない限りにおいては、学校での勉強に前向きな姿勢を持つことができないままになってしまいます。最近、感じていることは、そのようなシステムが子ども一人一人に学ぶことに前向きにさせることが果たしてできるのだろうか、ということです。彼女の悩みの原因にはそのようなシステムの不具合があるのではないかと考えています。
「一つ一つていねいに教えてもらえる」というところに、彼女の勉強に対する願望があります。本当はみんな勉強して、何かを知りたいと思っているのです。知りたいけども、自分の学びたいことを学びたいように学べる環境がどれぐらいあるのでしょうか。

「じゅくの先生は1人1人教え方を変えているので、学校よりも学ぶかんきょうがととのっていると思います。」
これは塾の先生の経験値によるところが大きいと思います。特に、個人で塾をきりもりしていると、いろいろな子どもと出会います。学校での指導は授業前に十分に準備をしておけば一律に同じようにどのクラスでも教えることが可能ですが、一人一人がどれだけ分かっている、分かって楽しいと思ってもらえているのかは分かりません。このことは学校で教えている経験から十分にわかります。そのような集団指導をしているだけでは、個々の子どものことは分かりようがないのです。
しかし、小春学院で私一人がすべてを教えているということになると、この子は何が苦手で、何が得意で、どのくらいの深さでどのくらいの時間をかけて教えていけばいいのかは経験から見えてきます。教育に「エビデンス」を示すことが昨今の議論の進め方となっていますが、これはさすがに「エビデンス」を超えたところにある話です。塾生「1人1人教え方を変えている」ということが可能なのは、私自身は長年(二十年以上)の経験が作りあげた職人芸?だと自負しています。1人1人に向き合って指導していけば、指導の硬軟、距離感を状況に応じて変えることができるのです。
もちろん、学校の先生にも長年の経験があります。学習指導に十分長けていらっしゃるでしょう。ただし、集団指導という形式においての職人芸であり、個人個人でそれを変えられるかというと、それができる先生は未知数です(全員ができるかどうかは疑問が残ります)。

集団という場との距離をとりたい、距離をとることで輝く子はそういった職人芸を持ち合わせた先生にしっかり教えてもらうことが望ましいものと考えるのですが、いかがでしょうか。

そんな彼女、算数への苦手意識は少しずつ解消されてきたのではないかと思います。最近では自分なりの方法で学習をしています。まあ、そういうこだわりがあるというのもいいのではないでしょうかね。とにかく勉強に前向きになってさえくれればそれだけでまずは花丸です。

今、ちょうど5年生の「割合」の単元の学習中。みんなが苦手にしているところです。ここで確かな理解を築いていけば、これからもっと算数についての学びの幅が広がってきますよ。いっしょにがんばっていこうね。

めがね先生
posted by めがね先生 at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

小春学院の児童・生徒の皆さんからの声(4)

こんにちは。

シリーズものの第4回目です。
こうして声をいろいろ集めていると、塾の形やこれから何が必要なのかをあらためて考えるきっかけになりますね。

ということで早速、今回の声を
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S.Yさんは中学2年生の男の子です。彼もこの学年のはじめから小春学院に通いはじめてくれました。
たしか数学のつめの甘さをということで通い始めましたね。
体験授業の時に感じたのは、型にはまりすぎた学習の呪縛とでもいうのでしょうか。
これにはこれ、あれにはあれ、と一つ一つの道具を選ぶような問題への接し方がその時見られていたと記憶しているのですが、
今ではそういったこともなくなってきましたね。それぞれの学習内容の本質部分をまず理解し、それを思考の道具として問題に取り組むようになってきたのかなと思い、安定感を感じさせてくれます。安心して学習活動を眺められます。

「分かる!楽しい!」
この一言って使い古されたような印象がありますが、学びの本質を言い当てているように思います。
学習過程の順序とでもいうのでしょうか。子どもたちが学習を進める過程は以下のように分解できます。
@その単元の学習が何を伝えようとしているのかをとらえる。
A演習活動を通して学習したことを実際に使ってみる。
Bフィードバックやリトライ
C結果がでる。

@というのはいわゆる学習内容の理解、つまり「分かる」ということで学習内容が分かったことでその内容を自分の知識にするということです。いわば道具を手に入れたということです。
Aは実際に道具を使ってみるということです。
Bその道具が適切に使えたかどうかの振り返りを行い、どうも適切に使えていなければもう一度やり直してみるということです。
COK「大丈夫」という結果ということですが、ここでいうOK「大丈夫」というのはその学習内容が分かったようですね、という意味です。

@からAにかけて注意しなければならないことは、道具の使い方を覚えるということではなく、その道具が何をする道具、どんな特徴をもった道具であるのかを理解することです。たとえば、栓抜きがあります。栓抜きはてこの原理を応用してい用いる道具です。そのことを理解するのです。その使い方は実際に使ってみればいいでしょう。栓のどこに何をひっかけて、どこをどの向きに力を加えると栓が抜けるのかはヒントをもらいながらでも試してみればいいのです。だめならもう一度、何度でも繰り返しやってみて、栓が抜ければ「ヤッター」となるのです。
「分かる」から「楽しい」まではその使い方を教えてもらってその通りにやったところで到達しません。
「分かる」といったときに、分かってもらう内容が何かということを指導する側がきちんと選ばなければ、ただの詰め込みに陥り、その結果得たものから「楽しい」というところには行きつかないのではないでしょうか。「分かる」から「楽しい」と一言で片づけて、結果「勉強は分かるようになると楽しくなるよ」というまとめをよく用いて子どもに伝えてしまいますが、そこに行きつくまでには子どもに大きな負荷がかけることになるのだという覚悟を指導する側が持たなければいけません。特に、学習にもがき苦しんでいる子どもにはその一言は大変重い言葉です。だからこそ、何が分かることが大切か、どのような手順で「楽しい」まで導いてあげるのかをしっかり踏まえ、覚悟を決めて学習指導をしていかなければいけませんね。

そして、何やら楽しそうにしている子どもの絵が示されていますね。
これも学習活動に必要なことですが、学習にはある程度の「連帯感」が必要です。
これは「緊張感」を生み出すという意味での「連帯感」です。同じ空間に同じように学んでいる人がいる、という事実が学習をする子どもに学習のスイッチを入れるのです。しばしば家で勉強しない、できないという話を聞きますが、これは「緊張感」の有無のことで、これは子どもだけではなく、大人でも家では仕事ができないでしょ、という話です。ファーストフード店、カフェなどだと仕事や学習が進むというのは誰かがいる(見られてはいなけど、そこにいるだけ)ということで、何かしなければという緊張感が生み出され、取り組みが進むということです。
塾だと勉強が進む、というのはそのような緊張感を生み出す連帯感があるからでしょう。
小春学院は小さな教室で数人の児童・生徒がみな別々の学習をしています。ひたすらやっている中で、ある生徒が面白いことを言いだす、やりだす、先生が突然わけわからんことをはじめる(?)、ちょっと気持ちがゆるんで楽しい気持ちになって変なプレッシャーから一時解放されて楽しい空気を共有できる。そこで生まれた連帯感が緊張感を生み出し学習の原動力となる。そんな空気を映し出しているような絵ですよね。1コマ1コマの授業の中にどのような空気をつくるのか、これも塾の指導者の仕事の1つだと思っています。そういったことを感じ取ってくれて絵に表してくれたのでしょうかね。

「分かる!楽しい!」、「連帯感」と「緊張感」
小春学院がこれからも注力していかなければならないテーマであると言えますね。
こうして児童・生徒の声に耳を傾けてみるといろいろなことに気づくきっかけになりますね。
S.Yさん、ありがとう!

めがね先生
posted by めがね先生 at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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