2018年01月09日

「ノー」について思うこと(その2)〜ノーギョーだってすごいんです

こんにちは。昨年はじめた話のその2です。

ツイッターにてこんなことつぶやきました。


農業についての記事です。「ノー」ギョーとはやや強引なのですが、
農業も日々進歩しているのです。
「スマート農業」なんて言葉もあるぐらいに、農業のテクノロジーの浸透度はこれからますます進んでくると思います。
もちろん、その背景にあるのは農業が抱える諸々の課題があるのでしょう(例えば、高齢化、農産物の輸入、食の安全など)。

少し教育の現場に目を移してみましょう。農業という産業を学習する社会科ではどのように扱われているでしょう。
これは学校の教科書も、塾のテキストも一様に、農業の抱える諸々の課題を単元の最後の示し、それに対する解決(ソリューション)は特に何も示されないままに締めくくられています。
最近も授業でこのあたりのことを取り扱ったのですが、どうも今と教科書、テキストに書かれていることとタイムラグがあるように感じてしまい、顔をしかめてしまいました。

農業のテクノロジーの進歩については、その気になってインターネットで調べれば、いくらでもいろいろなことを知ることができます。統計資料はもちろん、諸々の課題に対して、農業を仕事とする人々、テクノロジーに関わる人々が、その解決に向けて取り組んでいるということも、いくらでも知ることができます。

よくよく考えてみれば、農業の抱える諸々の課題について、ここ数年、いや十年以上も同じことが書かれているように思います。児童・生徒からすれば、学んでいる「今」のこととしてとらえるだけですが、当事者からすれば、課題を課題のまま十年以上もそのままにしておくはずがないはずです。課題に対して解決を考えていこうとするのはどの仕事に携わる人にも共通する話です。しかし、それにもかかわらずなぜ教育の場で教えることだけが、課題のまま止まっているのでしょう…。

そう考えてみると、これからの教育はもっと時間を進めて、「今」という時代がもつ文脈の中で様々なソリューションを導き出していく必要があるのかもしれませんね。教育の世界、ニュースで伝えられているように課題が山盛りにあります。その課題を止まった時間軸の上だけで解決していこうとするのではなく、「今」という時代においてどのようなソリューションが考えられるかを考えていく必要のあるはずです。そういった「今」についていく、「今」を追いかけていく中で、教育の普遍的な部分が見えてくるかもしれません。

「不易流行」という言葉があります。正直、私は「不易」になるものばかりにこれまで目を向けていましたが、これからは「流行」にも目を向けて見ようと思っています。新年がスタートし1週間が過ぎました。あっという間に2018年も終わるのだろうと思います。教育は移ろいゆくものだと、最近つくづく感じます。移ろいゆくとボーっと見てばかりではなく、どう移ろっていくのかをしっかり見つめ、教育における様々な「可能性(こんなこともできる)」を追いかけていこうかと思っています。

めがね先生
posted by めがね先生 at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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