2017年12月26日

「ノー」について思うこと(その1)〜心の「ノー」を感じとる

こんにちは。2017年度の「冬の教室」が今日からはじまりました。
みんながんばって勉強していましたね。いい初日を迎えることができました。

最近、ふと考えることがあります。
それは心、感情って何だろうということです。

哲学的な、心理学的なこととは別に、人間の機能として心とか感情とかって
何なのかなということです。

しばしば心臓を指して「ハート」すなわち心、感情としていますが、
心臓は心臓ですよね。ドックン、ドックンと鼓動している血液ポンプです。

では、「今こう思っている」、「今かんな感じがした」というときの心とか感情は
どこから感じるのでしょうか。

といっても、答えは「脳」ということになるのでしょう。
「脳」には感情をつかさどる部分がどうもあるらしいですね。
といってここで脳科学のことを伝えたいのではないのです。
脳科学についてはあまり詳しくありませんから。

ただ、「今こんな感じ」とか「今こんなことを思っているだけど」といった心の有り様というのは
「脳」が出所であるということは少なくとも言えそうですね。

ということは、何かを学ぶ、学習する、勉強するといったときに、心が「ノー」な状態であれば、
学ぶ、学習する、勉強するといったことも「ノー」になってしまうのではないかということです。
私たちの心、感情と学ぶ、勉強するということは「脳」でつながっているのではないでしょうか。

ですから、心が安定しないときには、学ぶこと、勉強することも安定しません。
勉強に集中できない、何をしていいのかわからない、どうやっていいのかわからないときは
心の状態も何かよくわからない不安な状態なのかもしれませんね。
もし勉強でそういう状態であるときには、心の「ノー」に傾いてみるといいかもしれませんね。

一方で、心が安定し、心が元気なときというのは、勉強も安定するのでしょう。
では、子どもたちの心が安定している、元気なときってどんなときでしょうか。
子どもがうれしい、楽しいと思うときはもしかすると遊んでいるときかもしれませんね。
あるいは何か自分がしたいことが許されるときかもしれませんし、
ほめられたりみとめられたりしたときかもしれません。
子どもたちの心、気持ちが安定するきっかけっていろいろあるかもしれませんね。
もちろんその裏返しである子どもたちの心、気持ちが不安定にあるきっかけもいろいろあるかもしれません。
いずれにしても、塾の現場で教える者としては子どもたちに心を安定してもらえるように努めていかなければならないでしょう。

先日、私が参加した勉強会の主なテーマは「ほめる」ということでした。
「学校生活の中でどんなことをほめられたことがありますか?」
という質問をされたとき、正直思い出すことができませんでした。ほめられたことがなかったのかもしれません。
とうの昔のことなのでわからないのですが、学校生活、あるいは小学生、中学生、高校生といった時代に
何かほめられることがあれば、それが「脳」と結びついて学びに結びつくのかもしれませんね。

「ほめる」ことが下手な、不器用な大人ではありますが、
一生懸命になっている子どもたちの姿を認めていこうとは思っています。
「ノー」より「イエス」を子どもに伝えていければと思っています。

最後に一言。子どもは安心すれば、ちゃんと勉強してくれますよ。
「Yes. Good.」さあ、勉強しようよ、という感じですね。

ということで、今日の「ノー」の話でした。

posted by めがね先生 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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